解説

チェロ・ピッコロ Cello Piccolo

 かつて「チェロ・ピッコロ」という楽器での演奏を楽譜上で指定した作曲家は、J.S.バッハだけだったかもしれません。無伴奏チェロ組曲の第6番だけでなく、数曲のカンタータにこの楽器をソロ楽器として使っています。

 調弦は上からE、A、D、G、Cの5本、またはC線なしの4本の小型のチェロなのですが、バッハの指定したチェロ・ピッコロはヴィオロンチェロ・ダ・スパッラというヴァイオリンのように構えて弾く楽器であったとする説もあり、実際17世紀終わりから18世紀には、ヴァイオリンの構えで弾く楽器も様々な調弦、大きさの楽器が作られたようです。

 18世紀後半にチェリスト、作曲家として活躍したL.ボッケリーニは、チェロ2台を含む弦楽五重奏曲をたくさん書きましたが、そのうちいくつかの曲集の初版譜には、第一チェロのパート譜に加えて、そのパートをアルト・チェロ(4弦のチェロ・ピッコロ)で弾くためのパート譜が入っていました。このことから当時(呼び名はともかくとして)チェロ・ピッコロは一般的に使われていたと推察されます。また、ある文献によれば、ボッケリーニの1787年4月の在庫目録には、シュタイナー製のチェロと共にヴィオロン・チーコ(小型のチェロ)と書かれてあり、彼自身、アルトチェロを演奏したのではないかと思われます。


コース・ギター 6-course Guitar

 コース・ギターは1750年代から主にスペインで使われた楽器で、それまでのコース・ギター(いわゆるバロック・ギター)よりも低い音域に1コース付け足された複弦のギター。

イタリアをはじめヨーロッパ諸国ではコースから単弦へとギターの仕様が移行する中、スペインやポルトガルでは複弦コースの楽器が愛好されました。低音弦に巻弦が用いられることと相まって、ネックに巻きつけるガット・フレットから金属製の打ち込みフレットとなり、内部構造も扇状の補強が入るなど、後世のギターへと続く変更がみられます。

 スペインで長い時間を過ごしたボッケリーニは、自らの作品のいくつかをコースギターとのアンサンブル用に編曲しています。

ステファノ・ガレオッティ

 Stefano Galeotti

 ステファノ・ガレオッティ(1723-1790?)について書かれた資料は少なく、以下はドイツのWikipediaと、いくつかの文献にあったものです。

 ガレオッティはチェリスト、作曲家として活動した人でした。ローマに生まれ、活動の拠点はパリ、アムステルダム、ロンドンであったようです。1760年代の終わりにはロンドンに居て、チェルベット、ランゼッティ、チッリといった当時の著名なイタリア人チェリストたちとの交流があったとのことです。また、ガレオッティよりも20歳年下のL.ボッケリーニとの交流も幾度かあり、ボッケリーニの音楽に影響を与えたようです。

 Grove Music Onlineのガレオッティに関する記事には「ガレオッティは音楽生活の大半をオランダで過ごしたが、健康上の理由で最終的にはイタリアに戻った。フランス、イギリスで楽譜が出版されているので、その両国にも滞在していたであろう」という記述がありました。

 ガレオッティのチェロソナタのうち3曲は教育メソードとして書かれ、1804年に出版されたパリのコンセルヴァトワールのチェロ教本に載っています。


ガレオッティ、チッリ 、ボッケリーニのチェロソナタ

 Sonatas of Galeotti, Cirri, Boccherini

 高音域を多用したガレオッティ のチェロソナタには、とても軽やかで優美な響きがあるように感じられます。また同時代のチェリスト、ジョヴァンニ・バティスタ・チッリ(1724-1808)、また20年ほど若いルイジ・ボッケリーニ(1743-1805)のチェロソナタからも、それぞれの際立った個性とともに、やはり軽やかで、優美な印象を受けます。

 彼ら自身の演奏スタイルについては、時代考察に基づいた演奏音源などを参考に想像して頂ければと思いますが、私が印象として受けた軽やかさ、優美さは、この時代、バロック期と古典の狭間におけるチェロの在り方の一面であったように感じます。

 彼らの作品群の中には、もしかしたらチェロ・ピッコロ(あるいはアルト・チェロ)での演奏も想定して書かれた曲があるかもしれません(チッリは、C線を使わないハ長調の曲を書いています)。少なくとも彼らのチェロという楽器のイメージは、普通のチェロよりも軽やかな響きを持った楽器の存在と、無関係ではなかったように思います。


ルイジ・ボッケリーニ(1743 - 1805)

ジョヴァンニ・バティスタ・チッリ(1724-1808